有川靖夫の日記・地涌の会のブログ

釈尊と日蓮大聖人の本当の教えを学び実践する会

今日、日本が災難に遭遇する根本の原因ーその1

 久しぶりの日記です。パソコンに不具合が起きてお休みしておりました。昨日やっと治りました。今の時代、パソコンなしではやりたい仕事ができませんね。あらためまして、釈迦と日蓮大聖人の本当の教えを学び行動する教団・「ワールドピース地涌の会」の会主の有川靖夫です。

 さて、日本はいま大変なことになっておりますね。一つは、10月22日投開票の総選挙が行われるということで、政権ダッシュを目指して日本人の候補者達が国内で熾烈なバトルを展開いたします。

 一方、国外に目を転じれば北朝鮮が太平洋上における水爆実験を近々行うかもしれないということで、国民は恐怖に襲われています。

 このような状況はまさしく、日蓮大聖人の立正安国論によれば前者は、自界叛逆の難であり、後者は、他国侵逼の難という前代未聞の大難に日本は遭遇しているのであります。

 こうした2難が突如として起きる原因は何か、について、日蓮大聖人は明快に指南されております。立正安国論に書かれた原文を紹介いたしましょう。

 「世皆正に背き人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る言わずんばある可からず恐れずんばある可からず」

 この意味は、釈迦の本当の教えを説いている日蓮大聖人を、日本国民の大多数がないがしろにして、正しい指導に従わないために災難が起こるのである、との意であります。他の御書には「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」とも述べておられます。

 日本における今日の事態を私は前々から心配しておりました。釈迦の本当の教えは日蓮大聖人に引き継がれ、釈迦滅後2000年以降の末法の時代は、日蓮大聖人が弘安2年10月12日ご図顕の本門戒壇の大御本尊に帰依した民衆による立正活動があってこそ安国、即ち日本の平和は実現されるのであります。

 日本の現状はどうでしょうか。皆さんご存知ですか。600万世帯を超える会員を擁する創価学会が、一昨年11月、創立以来叫び続けてきたこの戒壇の大本尊と決別することを宣言したのであります。「百日一年三年七年を出でず・・・」必ず罰の現象がでると断言されているのです。先日、日本列島を総なめにした台風18号も日蓮大聖人の予言が的中したと言えます。なぜそう言えるのか、その理由については次回述べます。

 

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 罰の

安倍総理、あなたはどこの国の総理ですか

 8月9日、長崎への原爆投下72年を迎えた式典で安倍総理は、被爆者団体の代表から「あなたはどこの国の総理ですか」と衝撃的な質問をされてしまった。

 その原因は、ニューヨークの国連総会第一委員会で採決された核兵器禁止条約に、日本は反対したため、被爆者団体の人達は怒りが収まらなかったのである。

 これに対し安倍総理は一言も答えなかった。しかし、日本の総理としてこれほど屈辱的な言葉はないであろう。

 核兵器に対するこれまでの条約は、核拡散防止条約(NPT)と包括的核実験禁止条約(CTBT)の二つがある。しかし、今回の核兵器禁止条約は一気に違法化することで核兵器のゼロを目指すもので、長崎の被爆者団体の人たちは心から採択されることを期待していたわけである。それが真っ向から裏切られたわけである。

 このような態度をとった安倍政権を支える公明党も被ばく者団体の人たちから見れば同罪であり「公明党さん、あなたたちはどこの国の政党ですか」と問われても致し方なかろう。日本政府がこの条約に反対したのにはいくつかの理由がある。その中で最大の理由は、アメリカの核の傘によって日本の平和が守られているとの認識がある。

 しかし、本当にそうであろうか。ここは本腰を入れて日本国民一人一人が考えなければならない重大問題である。日本の平和を持続可能ならしめるためにはアメリカの核の傘が絶対的に必要とするなら、主権国家・日本は今すぐ核を持つべきということになるからだ。自民党創価学会丸抱えの公明党の現政権の今回の判断は、厳しく検証されなければならない問題である。

安倍政権に代わる受け皿が必要な時来る

 東京都議選の結果に私は驚いた。自民党が予想以上に大敗北し、小池都知事率いる都民ファーストが第一党に大躍進したからである。

 都知事選の結果は時期国政選挙に連動するから、安倍一強政権は終焉するであろう。このような時は、野党第一党に政権が代わるのであるが、民進党にその力はない。どう見ても国政レベルの小池新党以外にない。政党助成金の交付問題があるから、年内に仮称・国民ファーストという国政レベルの小池新党が誕生するであろう。

 森友学園の国有地売却の8億円の不可解な売却問題や加計学院大学の獣医学部新設問題の経過をみると、安倍政権の国民に対する説明責任は全く果たされているとは言えない。国民世論の力に押され、予算委員会が開かれることになったようであるが、国民の疑問が解消されることはないと思う。

 私は釈迦と日蓮大聖人の本当の教えと知るものとして、批判を恐れずズバリ結論を述べるならば、公明党創価学会をパートナーとする政権は決して長続きはしないということだ。何故か。これまたズバリ結論を言うならば、釈迦と日蓮大聖人の本当の教えに照らすと、宇宙と人間に真の幸福をもたらす法華経の肝心たる日蓮大聖人ご図顕の本門戒壇の大御本尊に決別宣言をし、逆に大御本尊を誹謗中傷する創価学会に未来は無いからである。

 本日私は、創価学会の知的な幹部に遭って対話をしたが、その際、彼は、本尊は何でもいいのであって、ようはこちらの自分自身がどう思うかによる、などと言って、日蓮の教えはヨーロッパではカルト教団とみられており、創価学会も将来は世界的に認められた釈迦仏像を本尊にしたほうがよい、などと公言した。この考えの誤りについては後日述べることにしたい。

日蓮大聖人はなぜ貧窮下賤の家に生まれたのか

 日蓮大聖人は自身が生まれた家柄について佐渡御書に次のように述べている。「日蓮今生には貧窮下賤と生れ、せん陀羅が家より出でたり」と。

 これは、生まれた家は貧困で身分の低いところであったと述べている。せん陀羅が家とは、インドの身分制度にカースと制度という4つの階級があったが、せん陀羅とはこの4階級の枠外におかれた最下層の身分との意味である。

 具体的には、チャンダーラと呼ばれ狩猟・屠殺などを業とした穢れたものとみなされ差別を受けていた。一般的に言って、人は皆、このような家柄に生まれたのであれば隠したがるのが普通ではないであろうか。なのに日蓮大聖人は隠すことなく、ハッキリと、自分はせん陀羅が子である、と他の御書でも述べているのである。

 私はこの御文に痛く感動している。これは、卑しい身分を隠す隠さないだけの問題ではなく、一生涯、最下層の貧しい人々に寄り添って、それらの人々を幸せにするためにはどうすべきか、という立正安国の実践を貫かれたことがあまりにも凄すぎるのである。

 冒頭の佐渡御書を知った人の中には、末法の時代の御本仏といわれる仏さまがなぜそんな下賤な家に生まれたのか、と疑問視する人がいるであろう。インドの釈迦は王様の子として生まれているのにと。

 このことについて日蓮大聖人は願兼於業(がんけんおごう)の姿を示されたのである。この意味は、無始以来の仏である日蓮大聖人は、過去世の仏道修行の功徳によって本当は釈迦のように善処に生まれるところを、民衆救済のために、願って悪業をつくり、民衆の苦悩を一身に引き受けて仏法を広めるために下賤の家に生まれたのである。

 中学1年の時に、日蓮大聖人のこの言葉に出会ってから、私は地に着いた生き方ができ本当にありがたく思っている。多感な小中学生の時代には、家柄や身分の高い同級生と自分を比較して、うらやむことが多かった。私の父母は小学校しか出ていない。その上、父は病弱で生活は苦しかったのである。

 今日、定年退職後の私は、しみじみと自分と向き合い、日々、自己の生命を磨き、溢れる生命力をもって自分の使命の道を打ち震えながら生きている。この幸せは、日蓮大聖人の本門戒壇の大御本尊にリンクできたからこそ得られたのである。

 だが、初心を忘れ、恩師の厳命にも違背し、わざわざ退転してしまい、元には戻れなくなった多くの自称・日蓮門下と称する人があちこちにいる。これらの人々を救うため、私はワールドピース地涌の会を立ち上げた。戸田先生の時代はよかった、と思う真の地涌の菩薩よこの旗のもと速やかに来たれ!富士の高嶺を忘れたか!連絡先は090-7825-6257です。

日蓮大聖人の降臨を予言した守護国界経とは

 今日は釈迦が法華経を説いた後に著した、守護国界経の重要箇所について解説致します。大半の方は一度も聞いたことのない経だと思います。しかし、現代を生きる日本人にとって大変重要なことが書かれた経なので、順次ご説明いたします。

 初めに、インド・マカダ国のアジャセ王がある時、釈迦のところに来て次のような質問をしました。即ち、我が国はブッダの出現された国なのに、なぜ、大干ばつ、大風、大水、飢饉、疫病などが年々起り、他国より攻められたりするのでしょうか、と。

 これに対し釈迦は、大変良い質問をした、と誉めた後、次のように応えた。「汝には多くの逆罪あり、其の中に父を殺し、提婆を師として我を害せしむ。この二罪、大なる故、かかる大難来ることかくのごとく無量なり」と。

 このように、国王の大罪は国に大きな災難をもたらすことを説き。国家最高指導者が有するカルマが、良かれ悪しかれ国土に反映されることを述べたのである。

 このような原理を述べた後、自身の滅後2千年以降の末法の時代がどうなるのかについて、釈迦は次のように予言しているのである。

 即ち、「我が滅後に末法に入って、提婆がようなる僧国中に充満せば、正法の僧一人あるべし。彼の悪僧等正法の人を流罪死罪に行ひて、王の后乃至万民の女を犯して謗法者の種子の国に充満せば、国中に種々の大難をこり、後には他国に攻めらるべし」と。

 なんと驚嘆すべき予言であろうか。釈迦は菩提樹下で悟りを得てからの50年の説法の中で、法華経こそが最高の教えであることを明言した。であるならば、正法の唯一人の僧とは、流罪死罪の大難に遭われた末法法華経の行者・日蓮大聖人をおいて他にはない。

 したがって、仏教史において末法の時代の今日、我々は日蓮大聖人の正しい教えを継承することが釈迦の本当の教えに応えることになることを知らねばならない、と私は声高に発信させていただいているのである。この道を歩まなければ国が亡ぶ、と警告し、此の事が「余が一大事の法門なり」と断言されている。

 以上のことをもっとお聞きになりたい方は、私が会主を努める日蓮正宗法修寺に連なるワールドピース地涌の会に是非ご入会ください。連絡先・090-7825-6257まで。

日蓮大聖人の瑞相御書と現代日本

 日蓮大聖人が54歳の時に書かれた瑞相御書の内容に、私は深い感銘を抱いている。なぜなら、今後、日本人としてどう生きるべきかを考えるとき、この御書はあまりにも明快な答えを示してくれていると思うからである。

 それでは順次、瑞相御書に示された内容を学んでいきたいと思う。冒頭には「夫天変は衆人を驚かし、地妖は諸人を動かす」とある。天変地異が人々を驚かし、多大な被害をもたらすことは言わずもがなである。

 次に「夫十法は依報なり、衆生は正報なり、依報は影のごとし、正報は体のごとし、身なくば影なし、正報なくば依報なし、又正報をば依報を以って此れをつくる」とある。これは依正不二の原理を述べている。即ち、人間と環境は相互に関係し連動し一体であると言うのである。

 次に、「近きを以って遠きを表す」と。物事には必ず瑞相があるから、身近に起きた小さなことは将来どうなるかを表していることに気付くべきことを教えている。

 さらに、「大地の動ずることは人の六根の動くによる、人の六根の動きの大小に因って大地の六種も高下あり」と述べ、地震や国土の災害などの大小は人間の六根、即ち、人間の眼耳鼻舌身意といった六根がどう動いたかによって起るのだと断言されている。過去におけるアメリカや中国、そして現在の北朝鮮金正恩による弾頭ミサイル発射や核実験といった人間の六根による仕業が、直接・間接、地球の火山帯に影響を与え、様々な災害を人々に与えていることは間違いない。

 さらに日蓮大聖人は「人の悪心盛んなれば、天に凶変、地に凶妖出来す、瞋恚の大小に随いて天変の大小あり」と言われている。

 そして極め付きは「今日本、上一人より下万民にいたるまで大悪心の衆生充満せり」と述べ、「此の悪心の根本は日蓮によりて起れるところなり」と断言されている。

 この言葉と同じ意味の言葉として他の御書には「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」との言葉がある。日蓮大聖人の教学を知らない方には理解不能であることを承知の上で、敢えて結論を言えば、仏教の始祖と言われる釈迦の教えを最も正しく理解したのは日蓮大聖人ただお一人である。したがって、これからは、日蓮大聖人の本当の教えに従う人が善人であり、これに違背するものは悪人になるということ。その悪人が充満する国は天変地異に襲われるということ。

 即ち、日蓮大聖人が日本存続の有無のキーマンであることを宣言されているわけです。

 なぜそう言えるのかを知りたい方は、是非、私が会主の(日蓮正宗法修

寺の在家の講)ワールドピース地涌の会にご入会ください。とことんお世話させていただきます。とくに、昔の創価学会は良かった、富士の大石寺の大御本尊様にお目通りしたい、と思っておられる方は歓迎いたします。今すぐお電話をください。090-7825-6257番。

政治の安定・決めれる政治の功罪

 田中角栄氏の政権時代のキーワードは決断と実行だった。日本列島改造論の断行などはその典型的な例である。当時はこれに色々と反論する人もいた。信濃川河川敷をめぐる利権政治なども問題となった。しかし、石原慎太郎氏が田中角栄氏を天才政治家と持ち上げた如く、日本列島改造によって、基本的なインフラ整備が行われ、国民の地域格差が多少なりとも解消された成果があったことは疑いない。即ち、決断と実行による決めれる政治の効果がもたらされたのである。

 今日、安倍総理は、このところ弱体化が目立つ民進党などの野党に対し、決めれる政治を声高に喧伝し、かつての民主党政権との違いを自慢気に語る国会答弁が多くなった。確かに、何事も決められない政治では国民は失望して今う。政権にとって、決めれる政治ができるかどうかは大事なキーワードである。

 しかし、今日の安倍政権の実態を見ていると、森友学園加計学園問題の対応では、安倍一強政治の弊害が出てきていることに眉を顰めざるを得ない。総理自身や昭恵夫人の介入が疑われているにもかかわらず、これを積極的に解明する姿勢が全く見られず、真相をうやむやにしている態度に国民は不快感を抱いている。昭恵夫人や前川氏の証人喚問を拒み、ひたすら情報公開にストップをかける所業は、決めれる政治の悪用以外の何物でもない。

 一方、このような安倍政権を支え続けているのが公明党創価学会である。とくに公明党は、政治の安定が極めて大事だと訴え、その役割を自分たちが果たしているとして自己宣伝のメインスローガンに掲げている。しかし、政治の安定が大事だからと言って、憲法改正共謀罪法案の不十分な国会審議を残したまま、拙速な経強行採決に走る自民党を支えるようでは政治の安定の悪用になりはしまいか。

 かつて私は、公明党の生みの親ともいえる創価学会の池田会長に直接、次のような話を聞いたことがある。池田氏いわく、公明党は99%政権がとれる状態になっても政権を取ってはならない。庶民のため野党として戦うのだ。政権をとるときは半永久的に崩れないときに取るべきだ。(要約)と。現在の公明党創価学会の姿は、この池田氏の指導に反していると私は思う。第1次第2次安倍内閣では、金と不規則発言などで次々と辞任を繰り返す閣僚は後を絶たなかった。その都度、公明党創価学会は悪を容認してきた。そうした態度の裏にどういう本音があるのか。私には見え見えである。今こそ、前川前文科省事務次官が言う、気は優しくて力持ち、の政治家や官僚が踊りでなければ日本人は後悔することになるであろう。人事権を握った官邸に媚びて、忖度ばかりしている官僚は排斥すべきだし、それを擁護する安倍総理は交代だね。