有川靖夫の日記

カントが唱える真善美に利を加えた普遍的な価値の獲得に日々努力しております。

日蓮大聖人はなぜ貧窮下賤の家に生まれたのか

 日蓮大聖人は自身が生まれた家柄について佐渡御書に次のように述べている。「日蓮今生には貧窮下賤と生れ、せん陀羅が家より出でたり」と。

 これは、生まれた家は貧困で身分の低いところであったと述べている。せん陀羅が家とは、インドの身分制度にカースと制度という4つの階級があったが、せん陀羅とはこの4階級の枠外におかれた最下層の身分との意味である。

 具体的には、チャンダーラと呼ばれ狩猟・屠殺などを業とした穢れたものとみなされ差別を受けていた。一般的に言って、人は皆、このような家柄に生まれたのであれば隠したがるのが普通ではないであろうか。なのに日蓮大聖人は隠すことなく、ハッキリと、自分はせん陀羅が子である、と他の御書でも述べているのである。

 私はこの御文に痛く感動している。これは、卑しい身分を隠す隠さないだけの問題ではなく、一生涯、最下層の貧しい人々に寄り添って、それらの人々を幸せにするためにはどうすべきか、という立正安国の実践を貫かれたことがあまりにも凄すぎるのである。

 冒頭の佐渡御書を知った人の中には、末法の時代の御本仏といわれる仏さまがなぜそんな下賤な家に生まれたのか、と疑問視する人がいるであろう。インドの釈迦は王様の子として生まれているのにと。

 このことについて日蓮大聖人は願兼於業(がんけんおごう)の姿を示されたのである。この意味は、無始以来の仏である日蓮大聖人は、過去世の仏道修行の功徳によって本当は釈迦のように善処に生まれるところを、民衆救済のために、願って悪業をつくり、民衆の苦悩を一身に引き受けて仏法を広めるために下賤の家に生まれたのである。

 中学1年の時に、日蓮大聖人のこの言葉に出会ってから、私は地に着いた生き方ができ本当にありがたく思っている。多感な小中学生の時代には、家柄や身分の高い同級生と自分を比較して、うらやむことが多かった。私の父母は小学校しか出ていない。その上、父は病弱で生活は苦しかったのである。

 今日、定年退職後の私は、しみじみと自分と向き合い、日々、自己の生命を磨き、溢れる生命力をもって自分の使命の道を打ち震えながら生きている。この幸せは、日蓮大聖人の本門戒壇の大御本尊にリンクできたからこそ得られたのである。

 だが、初心を忘れ、恩師の厳命にも違背し、わざわざ退転してしまい、元には戻れなくなった多くの自称・日蓮門下と称する人があちこちにいる。これらの人々を救うため、私はワールドピース地涌の会を立ち上げた。戸田先生の時代はよかった、と思う真の地涌の菩薩よこの旗のもと速やかに来たれ!富士の高嶺を忘れたか!連絡先は090-7825-6257です。