有川靖夫の日記・地涌の会のブログ

釈尊と日蓮大聖人の本当の教えを学び実践する会

改革保守の中道政治をめざす希望の党

 先の衆院選では民進党のドタバタ劇の結果、瓢箪から駒、国民期待の改革保守の中道政党が誕生した。所謂、小池新党と言われる希望の党だ。

 しかし、ちょっと変だと思いませんか。中道政治と言えば公明党が本家であったはず。そう言えば、公明党自民党連立政権を組んでから10年近く、中道政治を口に出さなくなった。まさに変質していたのである。

 即ち、自民党運命共同体になることによって、中道政治を放棄し右寄り政党の自民党の補完勢力になったしまったのである。

 そういえばかつて、公明党の書記長だった市川雄一氏が良く言っていた。ただ反対するだけで寝っ転がっている野党ではなんの成果もあげられない。公明党は自民政治に賛成する代わりに庶民受けする要望を出して、これを飲ませて成果を上げる、これが大事だと。いわゆるおねだり政治である。

 これが是々非々で政権に付かず離れずの時代はそれなりに評価できたが、自民党連立政権を組み、大臣ポストをとるようになったのでは、中道主義を掲げた王道を行く政治をできるはずがない。あくまで自民党の補完政党になったのである。

 即ち、中道主義を掲げた単独政権政党の道を放棄し、権力政党に媚びておこぼれを頂戴する政党になってしまったのである。なぜそんな情けない政党になってしまったのであろうか。

 いわずもがな、公明党創価学会ファーストの政党だからである。野党にいたのでは、いつなんどき池田名誉会長に攻撃の矢が及ぶかもしれないとの恐怖心が見え見えで、野党にいることは許されなかったのである。

 したがって、公明党は、地方議会においても寄らば大樹の陰で、屁理屈を付けては強い方にいとも簡単に寝返りする。先の都議選でも、長年の友党だった自民党に決別宣言をして小池与党に鞍替えした。

 公明党は国政と地方議会は違う、などと訳の分からぬことを言っているが、国政においてもこのままの状態が続くとは限らない。なぜなら、先の衆院選では、自民党は大量の議席を取ったが、公明党は6議席を失い、比例票も700万票を割る過去最低の得票だった。果たしてこのまま自民党に追随することが良いのかどうか、党内から異論が出るかもしれないのだ。

 中道という言葉は、本来、仏教用語であり中道法性という言葉に由来する。中道とは足して2で割る中間を選択することではなく、真実不変の本性との意である。この理念を政治に当てはめれば、包含・統一・リードということになろう。

 即ち、多くの人たちの意見を包含し、そこからベストの道を選択して統一し、一致団結して進む政治ということになろうか。意見の違う人であっても切り捨てず包含して離さない、そしてベストの道に組み込み統一された道を団結して進んでいく政治なのである。

 現実的には、タカ派の自民、しがらみの自民は非、国家観の違う共産党には非、非自民非共産の真ん中の王道を歩むのが中道政党といえよう。その意味で、改革保守を標榜する中道政治の担い手はいまや、公明党ではなく希望の党ということになる。

 このほど、希望の党の共同代表に選ばれた玉木氏には大いに期待したい。当世、小池氏の排除発言を非難する人が多いが、私は中道政治を期待する立場から評価している。右寄りになった公明党に代わって改革保守の中道政党が誕生したことは実に頼もしい。

 また、このような事態をつくった功労者は、まもなく希望の党に合流する前原氏であろう。こうした結果は想定内であったとしたら、これほどの大政治家はいないのではなかろうか。歴史は毛沢東が言ったように、正・反・合で流れるものである。共同代表選で玉木氏と違う意見を表明した大串の存在も大事である。しかし、異論反論はあくまで党内でのこと。決まったことには従うことも大事なことではなかろうか。誰もが自分の思い通りにはなかなかならない中で生きているのだから。