有川靖夫の日記

カントが唱える真善美に利を加えた普遍的な価値の獲得に日々努力しております。

政治の安定・決めれる政治の功罪

 田中角栄氏の政権時代のキーワードは決断と実行だった。日本列島改造論の断行などはその典型的な例である。当時はこれに色々と反論する人もいた。信濃川河川敷をめぐる利権政治なども問題となった。しかし、石原慎太郎氏が田中角栄氏を天才政治家と持ち上げた如く、日本列島改造によって、基本的なインフラ整備が行われ、国民の地域格差が多少なりとも解消された成果があったことは疑いない。即ち、決断と実行による決めれる政治の効果がもたらされたのである。

 今日、安倍総理は、このところ弱体化が目立つ民進党などの野党に対し、決めれる政治を声高に喧伝し、かつての民主党政権との違いを自慢気に語る国会答弁が多くなった。確かに、何事も決められない政治では国民は失望して今う。政権にとって、決めれる政治ができるかどうかは大事なキーワードである。

 しかし、今日の安倍政権の実態を見ていると、森友学園加計学園問題の対応では、安倍一強政治の弊害が出てきていることに眉を顰めざるを得ない。総理自身や昭恵夫人の介入が疑われているにもかかわらず、これを積極的に解明する姿勢が全く見られず、真相をうやむやにしている態度に国民は不快感を抱いている。昭恵夫人や前川氏の証人喚問を拒み、ひたすら情報公開にストップをかける所業は、決めれる政治の悪用以外の何物でもない。

 一方、このような安倍政権を支え続けているのが公明党創価学会である。とくに公明党は、政治の安定が極めて大事だと訴え、その役割を自分たちが果たしているとして自己宣伝のメインスローガンに掲げている。しかし、政治の安定が大事だからと言って、憲法改正共謀罪法案の不十分な国会審議を残したまま、拙速な経強行採決に走る自民党を支えるようでは政治の安定の悪用になりはしまいか。

 かつて私は、公明党の生みの親ともいえる創価学会の池田会長に直接、次のような話を聞いたことがある。池田氏いわく、公明党は99%政権がとれる状態になっても政権を取ってはならない。庶民のため野党として戦うのだ。政権をとるときは半永久的に崩れないときに取るべきだ。(要約)と。現在の公明党創価学会の姿は、この池田氏の指導に反していると私は思う。第1次第2次安倍内閣では、金と不規則発言などで次々と辞任を繰り返す閣僚は後を絶たなかった。その都度、公明党創価学会は悪を容認してきた。そうした態度の裏にどういう本音があるのか。私には見え見えである。今こそ、前川前文科省事務次官が言う、気は優しくて力持ち、の政治家や官僚が踊りでなければ日本人は後悔することになるであろう。人事権を握った官邸に媚びて、忖度ばかりしている官僚は排斥すべきだし、それを擁護する安倍総理は交代だね。